札幌高等裁判所 昭和26年(う)986号 判決 1952年4月09日
控訴人 被告人 金巡外
弁護人 渡辺七郎 外一名
検察官 佐藤哲雄関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人渡辺七郎及び弁護人富田政儀の各控訴趣意は別紙のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
弁護人渡辺七郎の控訴趣意第一点について。
麻薬取締法第四条第一号は麻薬原料植物の栽培を、その目的の如何を問わず、一切禁止する趣旨であつて、たとえ鑑賞用又は食用として栽培した場合でも、なお本号に触れるものと解すべきである。けだし、麻薬原料植物の栽培は、麻薬事犯の根源となる麻薬を多量に獲得することができるからである。しかして同条同号違反の罪の成立するにはけしが麻薬原料植物たることの認識を要することは洵に所論のとおりである。しかしけしが麻薬原料植物たることは一般公知の事実に属し特段の事情なき限り本件被告人に於ても亦右の認識があつたものと認むるを相当とする、このことは原審第一回公判調書中の被告人の自白からも窺えるところである。従つて被告人の各供述調書中のけしを食用に供する目的で野菜代りに栽培したもので麻薬をとることは知らなかつた旨の供述はそれ自体信を措きがたく単なる弁解と解すべきである。記録を精査するも原審の事実認定に誤りはなく法律の解釈適用にも誤謬はない。論旨は理由がない。
弁護人渡辺七郎の控訴趣意第二点及び弁護人富田政儀の控訴趣意について。
麻薬事犯は、麻薬使用の習慣性に由来する公衆保健、社会秩序に及ぼす害毒にかんがみるときは、単に個人的な情状に捉われることなく、広く人道的、社会的、国際的見地に立つてこれを処理しなければならないのである。記録を調査すると、被告人は数年来繰返し「けし」の栽培をしていたものであることが明らかであるばかりでなく、栽培量においても必ずしも少しとはいえないのであつて、所論のような事情その他諸般の情状を斟酌しても、原判決の刑が重すぎるものとは考えられない。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条、同法第百八十一条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 黒田俊一 裁判官 佐藤竹三郎 裁判官 岩崎善四郎)
弁護人渡辺七郎の控訴趣意
第一点原判決は法の解釈を誤つた結果法律の適用を誤つたものでこの事は当然判決に影響を及ぼす事が明かである。
一、原判決は被告人が「麻薬原料植物であるけし三百五十九株を栽培した」との事実を認定し之に対して麻薬取締法第五十七条第一項第四条第一号を適用し懲役刑を選択して懲役六月の刑を言渡した。被告人が右栽培を為した事実は毫も争いの無いところではあるが栽培という行為が直ちに該法条に該当し当然之によつて処罰せらるべきものと解釈した原判決は明かに重大な誤認に堕つてゐると言はねばならない。
麻薬取締法が規定せられるに至つた理由は今更喋言する迄も無く麻薬使用によつて起る恐るべき害悪の結果にその観点が置がれ之を絶滅除去しようとする目的に在る事は極めて明かである。従つて麻薬法規定の禁止行為には違法の認識の存否によつて刑事責任の有無を左右する事の出来無い筋のものである事も亦自ら理の当然である。然し乍ら上記の理由を以て直ちに麻薬法処定禁止違反の一切の行為が無条件に処罰せらるべきものであるとの解釈は失当たる事を免れ得ない。即ち本法には前述の通りその所定の趣旨目的があるところであつて、従つて本法による処罰対象の行為に付いては先づ麻薬たることの事実を知り、而も法の目的とするところに違反する行為のある場合に於て始めて之が処罰の対象とするべきものである事は言を要しないところである。今麻薬法第四条所定の禁止行為を検討するに
1 第二号「麻薬の輸出」の禁止せられ之が同法第五十七条に於て処罰の対象とせられているのは「麻薬」たるの事実を知つて輸出する目的の場合であつて全然麻薬である事実を知らずに為された行為に迄右処罰規定が適用されるものでない事は多言を要しないところであらう。
2 第三号「所持、輸入、製造、別剤、小分、施用、施用のための交付、譲受又は譲渡」行為についても亦前述第二号の場合について述べたと同様に解すべきものである。
3 第四号所定の行為については今更言う迄も無い。
4 其処で第一号の「麻薬原料植物の栽培行為」であるがこの行為に付先づ麻薬たるの事実の認識を要することは前述第二号第三号に於けると同様であつてこの間に差別をなすべき理由は何等存在しない。麻薬原料植物たる事を知り乍ら之を栽培する時始めて処罰の対象とせらるべきで右事実を全然知らなかつた場合には罰則適用の対象から除外さるべきもの、その行為が免責さるべきものであることは麻薬法所定の目的に照して極めて明かである。
さて本件被告人の行為の場合を精査するに原判決採用の各証拠及原審が取調べた他の一切の証拠によつて、被告人が麻薬原料植物たる事を知らずに之を栽培したものである事実が極めて明かである「原判決採用各証拠並に記録二〇丁以下二八丁李愚洛供述及金巡外の供述各調書の記載」
二、本件に於ては前述の通り被告人に「麻薬原料植物」たるの認識が無かつた許りでなく、更に之が栽培によつて種子を他に売却又は譲渡の目的も全く無かつた事は前示各証拠によつて之亦明かである。
三、被告人に事実の認識のなかつた事と単純に食用に供する目的以外に他に危険視すべき目的のなかつた事は検証調書(記録一三丁以下)によつて明かである。即ち右栽培は巡査派出所の近距離に而も道路上から容易に見且つ知り得る場所に堂々と栽培されていたという事実であつて此の事実については充分の御精査と御検討を願度
事情及事実は叙上の通りであつて被告人の行為は麻薬法五十七条の処罰からは当然除かれ免責さるべきものである。原判決が右に反する誤つた解釈を為し同法条を適用したのは法の適用を誤つたものと言うの外は無い。
(その他の控訴趣意は省略する。)